奴隷住宅か解放住宅か|住まいの可能性と現状

■住まいと人の可能性
人は一生どこで送るかといえば、屋外もありますが、圧倒的には屋内、建築内です。なかでも住まいは、大きな比重を占めます。年齢・仕事などにより違いますが、人生の1/2から1/3を住まいで暮らします。
人は、遺伝子と環境の相互作用で成長・成熟します。乳幼児は、自然環境の元、母・父・家族と共に可能性を拡げ、その後社会的な環境で翼を拡げます。人を包み込む空間は、人知れず人の可能性を左右します。■空間の人への影響
2.4mほどの天井高の部屋からなる住宅で暮らすと、人はどんなになるでしょう。窓やインテリアや住環境にもよります。外に関心なく内にこもる人、窓から情景を楽しむ人、窓から出て外の風景をむさぼる人、様々です。何より家族が人をつくっていきます。空間だけに限定して人への影響を測るのは難しいです。
それでも1日の過半近くを過ごす住まいの空間は、暗黙の内に影響を与えます。住まいに吹抜けがあり、天井高の違う空間があり、窓に縁どられる景色に空や緑の変化が多様なら、五感を中心に脳は反応します。人の動きを伴うことで変化が増し、脳は活性化します。
変化の少ない天井の低い空間でずっと暮らすと、ほどほど、今のまま、平凡、安泰が好きになっていきます。空間に頭を抑えられ、無理をしなくなります。寝る前「さぁ、明日は頑張ろう!」起きがけに「今日は、やるぞ!」と思っても、空間が「まぁまぁ!」「いいじゃないか!」といい、しばらくするといつもの普通の人になります。
人が暮らす住まいには、空間の髙低、変化のある情景、動きの上下が不可欠です。■この70年余の私たちの住まいと社会
太平洋戦争後の1955年以降、高度経済成長期に人口の急増と都市集中がありました。住まいは、急造の戸建て住宅と公営・公団住宅でまかない、遠い・狭い・高いと叫ばれました。1973年のオイルショック、1991年のバブル崩壊、2008年のリーマンショックがあり、失われた10年・20年と呼ばれる経済的停滞期に、さらにデフレ経済に至り、総人口は減少に転じています。この間、民間マンションやハウスメーカー主導の戸建て住宅の活況がありました。近く・広く・手頃になっているかといえば、違います。所得格差が広がり、一部の高級住宅があり、多くは狭くて取得費の高い住宅になっています。住まいは、新しさと平面的な広さだけが評価されています。一貫して住宅の造りは、間取りの工夫に終始してきました。
人口の都市集中時には、地方から若いエネルギーが集まりました。貧しくても変化のある住宅、自然豊かに遊び友だちと過ごした若者たちでした。社会の隅々で活躍して、高度経済成長を支えました。一方、都市化が進むと均質化した若者群の登場です。偏差値競争に勝ち抜いた支配的な層、生き生きと社会を泳ぐ層、内にこもる自己流な層、引きこもりなど非社会層などです。枠を超え、抜きんでるのは、ごく一部のように感じます。
都市化の進んだ住まいの多くは、小粒の日本人=“しもべ”を育ててきたようです。

脇田 幸三

建築家 株式会社綜設計代表
岐阜市生れ 名古屋市在住
1989年11月綜設計設立
主に住宅・マンション・医院を設計
名古屋工業大学大学院修了
テーマ:“大きな人を育て、大きな人生を歩む”住まい
趣味:読書、朝のランニング