木の家|記憶に残る

■いろいろな記憶
記憶といえば、深く感銘を受けた三木成夫の”生命記憶”があります。生物が海の中で約5億6千年前に誕生し、原子海水が母体の羊水に等しい、などと。寄せては返す海の波の先、遥か彼方に思いを馳せます。身近なところでは、郊外や田舎でヘビに出くわすと、身構え、そしてまず逃げます。恐竜に追いかけられた恐怖の記憶だと思います。
また、ライアル・ワトソンが描いた”生命潮流”も思い起こされます。太陽・地球・月の運行による生物に刻まれる記憶があります。概日リズムに代表される、週・月・季節・年単位の生物のリズムがあります。
人としての記憶は、どこからでしょうか。受精後数週間で神経管が発生し、ゆっくり成熟する胎児の脳は、母胎の経験を記憶するようです。
出生から3歳児までは、白地の脳に一生を決める基本的な運用の仕組みをつくります。とても大事な時期ですが、神経ネットワークが未発達なので、記憶に残ることは稀です。
8歳までは五感や小脳の感受性期で、個の可能性の裾野拡大と種蒔きの時期です。9~12歳は、脳神経ネットワークが大きく数を増やす脳のゴールデンエイジです。記憶がはっきりとしてきて、重要な役割を果たします。以後、記憶の蓄積が人生を左右します。

■日常的な記憶の種類
記憶には、短期記憶と長期記憶があります。
短期記憶は、電話番号を覚えておくなどメモのように一時的に留めおくものです。
長期記憶は、手続き記憶とことばで表現できる陳述記憶があります。手続き記憶は、自転車の乗り方、スキー・水泳など繰り返し体で覚えた記憶です。陳述記憶には、エピソード記憶と意味記憶があります。エピソード記憶は、時や場所に関連した経験にまつわる記憶です。意味記憶は、時や場所に関連しない個人の名前や言葉など記憶です。
住まいに関係するのは、エピソード記憶です。時間・空間的環境の中でさまざまな身体的・心理的状態で経験する記憶です。

■住まいの記憶
住まいの内外での家族との膨大なやりとり・交流=体験は、人生の原体験であり、人の基をつくっていきます。家族が中心で、住環境は背景です。住環境が貧しいなら、記憶の奥行きは浅くなります。谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」にあるような空間の襞は、やや今日的ではないかも知れませんが。
時の移り変わりは、記憶の一部になります。夜明け~日中~日の入り~夜の日々の変化、週・月・季節・年というリズムをより感じられる住まいが望ましい。
素材のエイジングは、記憶に残ります。木の無垢材の色の変化、フローリングや大黒柱・柱のキズ、木肌や節の濃淡は、家族の風景の一部になります。漆喰などの塗り壁、和紙、タイルなど焼き物も深みを増します。
庭の草花や樹木も暮らしに変化をもたらします。外からの景色、内からの色・風による動き・樹陰など印象に残ります。
空間の造りが重要になります。時の移ろいをはっきり示す造りです。庭や空を臨める大小の窓、高窓、トップライト。あちこちに連なる空間。高さと深みを増す棟までの吹抜け。吹抜けに臨む動きを伴う床の高低差・階段。など、家族の語らい・気遣いの背景となる空間造りです。
総2階住宅やマンション、無国籍の家では、記憶が単調になります。

■さらに望めば
潜在意識の深いところには、生命記憶や母胎・乳幼児の時の懐かしい記憶が潜んでいます。棟までの吹抜けの下、高みから届く陽光や月星の光に、遥かな記憶がよみがえるといいですね。

脇田 幸三

建築家 株式会社綜設計代表
岐阜市生れ 名古屋市在住
1989年11月綜設計設立
主に住宅・マンション・医院を設計
名古屋工業大学大学院修了
テーマ:“大きな人を育て、大きな人生を歩む”住まい
趣味:読書、朝のランニング