旅|トヨタ鞍ヶ池記念館&旧豊田喜一郎邸

もう半年前の話です。19年11月13日に豊田の王滝渓谷に行きました。紅葉狩りにはやや早かったのですが、ハイキングと夏には人気の渓流を楽しみました。

■トヨタ鞍ヶ池記念館
帰り路に、槇文彦設計のトヨタ鞍ヶ池記念館に寄りました。1974年開館。ほぼ30年ぶりに訪ねました。槇さんの設計は、とてもいいです。毛並みの良さ、品の良さ、洗練された感じをどの建築にも受けます。近寄りがたい素があり、とても真似できません。記念館は増築もされ? 維持管理よく整備されています。
ここでの驚きは、旧豊田喜一郎邸の移築展示でした。中には入れませんが、周りから覗くことができます。1933年に建築された豊田喜一郎の旧別邸で、1997年まで豊田章一郎一家が住んだそうです。1956年生まれの豊田章男が生まれ育った家でもあります。設計は、鈴木禎次に拠ります。

■建築家 鈴木禎次(1870.08.02~1941.08.12)
ここで紹介するのは、名古屋工業大学建築学科卒業・修了の私に縁がある人物だからです。名古屋高等工業学校は、東京帝国大学に次ぐ我が国二番目の官立の建築学の高等教育機関として1905年9月に創立されました。イギリス・フランスに留学後、2年目から教授となり、1922年まで建築家養成に尽力しました。のちに鈴木建築事務所を開設し、80棟近い建築を設計しました。名古屋市内に44棟残し、「名古屋をつくった建築家」と呼ばれます。鶴舞公園奏楽堂・噴水塔、旧中埜家住宅、旧諸戸精太郎邸洋室、伴華楼(揚輝荘)、旧日本陶器事務所(ノリタケカンパニーリミテド事務館本館)など有名です。また鈴木は、夏目漱石の妻の妹と結婚して義弟であり、漱石の墓も設計しました。
私が学んだ1970年代は、建築技術者養成に舵をとり、建築家養成は雰囲気として僅かに残っていました。

旧豊田喜一郎邸
移築された旧豊田喜一郎邸は、地下鉄筋コンクリート、地上木造2階建ての山荘風です。敷地の高低差を使って、南と西からは3階建てに見え、回り込んで北と東から2階建てそのものです。名古屋市昭和区南山町は起伏があり、地形に馴染んで建てられたのでしょう。南山では、南に大きな温室が数棟ありました。南山農園と呼ばれていたようです。
地下はスタッフ・ルームと収納、1階は居間・食堂・台所・玄関ホールと食堂に連なる温室、2階は和室2間と浴室。内部は見学できませんが、周りから覗き見ることができます。1階の居間は2階床梁を見せ、天井高2m80cm近いでしょうか。洋館っぽく十分な高さが伺えます。続く温室は、ガラスの壁・屋根で高い天井下に緑が茂ってます。

■豊田章男
起伏のある南山町の緑生い茂る大きな敷地の中、多分旧豊田喜一郎邸に幼少を過ごしたのがトヨタ自動車の豊田章男社長。関心なかったのですが、社長就任以降は驚きをもってみています。
2019年7月のスズキ会長鈴木修との対談がおもしろい。創業家であり、「会社の名前・商品のブランド名と自分の名前が同じ」といい(確かに)、急加速事故を端にトヨタ・パッシングが世界的に広がり、2010年2月アメリカ議会のリコール公聴会で、「自分の体を痛めるけられる思い」がしたという(皮膚感覚いいです)。修会長が「経営力とは判断力・決断力・行動力」といえば、「倒産するかも知れないという危機感」「会社と私が正しいことをしていく必要」「経営力とは生き抜くこと」と紡ぐ。修会長が「普通の社長なら5年、創業家なら30年読み切らなきゃいけない」「サラリーマン社長の行動とは違う」といい、「長期にわたって結果をだすことを常に頭の中に置いている」と頷く。創業家の矜持を感じます。
章男社長は、豊田自動織機を創業した佐吉のひ孫、トヨタ自動車を創業した喜一郎の孫でサラブレッドです。アメリカの金融機関の上司から「同じ苦労をするなら、トヨタのため苦労したらどうなんだ?」とい言われ、豊田姓を受け入れることを決意し、1984年トヨタ自動車に入社。2000年に同社取締役、2009年52歳で社長に就任。時は2009年のリーマン・ショック後の大赤字の中、2009~10年の大規模リコール事件、2011年3月東日本大震災と7月にタイ洪水被害による操業一時停止、歴史的な円高などに見舞われますが、2012年から14年に業績をV字回復させます。
社長昇格の記者会見で「自動車業界が21世紀も必要とされるのか、今が瀬戸際」と危機感を表明し、「もっといいクルマづくり」を謳っています。
トヨタは、この10年大きく変わった気がします。何といっても、楽しい魅力的な車を矢継ぎ早に送り出しています。60・70点主義から、個性ある車づくりにシフトしています。私は本田宗一郎に敬意を込めて、ずっとホンダ車に乗っていますが、最近のホンダの不甲斐なさにちょっとぐらついています。
章男社長の危機対応能力の高さ、スピード感ある経営決断力、行動力には目を見張ります。モビリティカンパニーへ転換を図る中、2018年にモビリティサービス分野でソフトバンクと提携。20年1月に自動運転と人工知能(AI)の実証都市「Woven City(紡ぐ街)」構想を、3月にNTTグループと業務資本提携を発表します。4月にはコロナ対策応援と収束後の道筋を真っ先に記者会見。「Woven City」を「my field of dream」という章男社長は、夢を実現する人です。

■人の能力とスケールの基盤
ホッケイ・ゴルフを楽しみ、レイシングドライバーでもある章男社長は、運動神経も優れているようです。創業家の3代・4代目で、経営力は抜きん出ています。強い直感・直観力を持っています。いつ・どこで育まれたものでしょうか。さまざまな経験、現地現物の確認からというのは、後付けです。
それは、0~8・9歳です。五感・小脳の感受性期であり、人の裾野拡大と種蒔きの一番大事な時期です。運動と五感刺激が重要になります。南山町の起伏のある緑の庭、高い天井と温室をもつ住まい環境は、間違いなく章男社長の基盤をつくりました。また、豊田家では、毎年トヨタグループの創始者豊田佐吉の生家、佐吉記念館を静岡県湖西市山口に訪ねるようです。こんもりした小山に生家・作業場などが並び、幼少の子どもたちは驚きと感動を持って走り回ったでしょう。ひいてはその出自とプライドを胸の奥に刻んだでしょう。ファミリー・ビジネスを継続する大切なことです。

脇田 幸三

建築家 株式会社綜設計代表
岐阜市生れ 名古屋市在住
1989年11月綜設計設立
主に住宅・マンション・医院を設計
名古屋工業大学大学院修了
テーマ:“大きな人を育て、大きな人生を歩む”住まい
趣味:読書、朝のランニング